ARTICLE 中村うさぎの人生相談

  • 「愛」は「利他」であり、「恋」は「利己」なのです。

  • 2017年06月27日 (火)

人生相談のお時間です。
今回のご相談者は「たま」さんです。

 

【お名前】
たまさん

【都道府県】
京都府

【性別】
女性

【年齢】
49

【ジャンル】
恋愛

 

【メッセージ本文】
満たされることを求めるのは罪なのか、ということでご相談させてください。
私の場合、満たされるというのがどういう場合か自分自身でもよくわかりませんが、今回は仕事ではなく私生活をメインとさせていただきます。

現在お付き合いしている方がいますが、無職でいわゆるヒモです。当初はどこかしら惹かれるところがあったように思いますが、今では思い出せません。
別れようという気持ちもあるのですが、そう思いきれない気持ちもあります。誰か彼のことを任せられる女性がいればいいのになと思います。

実際、彼には15年来お付き合いしている女性がいるのですが、最近はその彼女と疎遠になっています。彼女のところへ戻ってくれと思いますが、ますます彼は私の方を選びます。
自分が悪者になりたくないばかりに別れられないのだろうと思います。

一方で、最近、3人の男性と知り合いました。SMサークルの紹介です。
そのうちの一名とはベッドを共にしましたが、サイズ感が合わず、以後のお付き合いはお断りしました。
あと一名は高齢ですが緊縛ができる方なので、一度お手合わせ願おうと思っています。
残る一名は既に3度お会いしていますが、身体の関係は一切ない状況です。

気持ちを満足させてくれること、それでよいかと思う時期もありましたが、今は快楽優先となっています。
快楽を求めると、現状のように、あの男性はここがいいけどここは駄目、足りない部分はこちらで補う、というようになっています。

愛ということと快楽ということは合致しないものなのでしょうか。
今お付き合いしている男性、近頃知り合った男性、それぞれ皆さんはお互いのことを知りませんし、私が次の日には違う男性と会っているなど思ってもないと思います。

今の状況をキープするのは、やはり人でなしのすることなのでしょうか。
それとも、身も心も満たしてくれるような男性を追い求めて年を取っていくのでしょうか

【中村うさぎの回答】

まず結論から言わせていただくと、私はあなたを「人でなし」とは思いません。
私にとって「愛」と「快楽」は別腹だからです。
このふたつは、「愛」と「恋」と言い換えてもいいかもしれません。
多くの人は「愛」と「恋」とを混同して語りますが、私に言わせれば「愛」と「恋」は真逆の存在です。

「愛」は永続的とまでは言わずとも長期的にあなたを支えてくれる存在で、刺激はないけど穏やかで安心できるものであり、独占性や排他性を持ちません。相手を独占したいと思う気持ちよりも、相手の幸福のためなら彼または彼女を手放すことも厭いません。
一方、「恋」はその逆です。長続きはしないけど、何にも替えがたい高揚感と陶酔感をもたらし、刺激と快楽に満ちています。そして独占性と排他性が強く、二人の世界に誰も入れたくない、この人を誰にも渡したくない、という激しい気持ちに支配されます。だからこそ嫉妬に苦しんだりもするわけですが、その分、相手を独占している快感は格別です。

要するに「愛」は「利他」であり、「恋」は「利己」なのです。ナルシシズムを放棄するのが「愛」ならば、ナルシシズムを満たすのが「恋」である。

 

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